ゲノムで社会の謎を解く――教育・所得格差から人種問題、国家の盛衰まで
ゲノムで社会の謎を解く――教育・所得格差から人種問題、国家の盛衰まで(ダルトン・コンリー、ジェイソン・フレッチャー 著/松浦俊輔 訳/作品社/2800円+税/368ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
Dalton Conley●米プリンストン大学社会学教授。著書に“Parentology”“You May Ask Yourself: An Introduction to Thinking Like a Sociologist”など。
Jason Fletcher●米ウィスコンシン大学マディソン校公共問題・社会学・農業/応用経済学・集団衛生学教授。小児および青年のメンタルヘルスポリシーに詳しい。

遺伝か環境か なお明確な結論を得ず

評者 中央大学商学部教授 江口匡太

人間の能力や将来性について、遺伝と環境のどちらが重要なのか、という根源的な問いがある。私たちの多くは環境の方が重要であってほしいと思うのではないだろうか。遺伝の影響が決定的であれば、人生のスタートですでに決着がついていることになり、政策や制度を変えても改善しにくいことになる。できない子は何をやってもできないとなると、「優秀」な遺伝子を求めたくなる。実際、胎児の異常の可能性が高いと診断されれば出産をためらうカップルは多いし、海外では「高品質」の精子に高値がついている。それを煽(あお)る記事も目にするようになった。

確かに、遺伝の影響は否定できないようだ。一卵性と二卵性の双生児を比較した研究でも、遺伝の影響が検出されている。だが、ある人種や民族の知能は高いが、他方は低い、といった結論を導き出すまでには至っていないという。その理由を、社会学と経済学の専門家が、遺伝学から歴史学、社会科学にまたがる研究をもとに慎重に説明する。

まず、遺伝の影響が強くても、どの遺伝情報が決定的に重要なのかを識別できていないという。ある形質や能力について、ある文化圏の人種では遺伝の影響が強くても、他の文化圏では弱いということがふつうに観察される。もし、遺伝情報が決定的に重要であれば、環境や人種にかかわらず、生物学的に同じ影響が観察されるはずなのに。

これは環境の影響が大きいことを示唆している。たばこに依存するかどうかも、個人の持つ遺伝情報も重要だが、そもそも喫煙経験がなければ依存症にはならない。映画やドラマで喫煙を格好よく扱うかどうかで変わってくるのだ。また、攻撃的な親を持つ子が攻撃的になる傾向にあったとしても、攻撃的な遺伝子の影響と、暴力を振るわれた経験による影響とを識別するのは難しい。遺伝の影響を科学的に検出するには、計量経済学の内生性の問題を克服しなければならず、明確な結論を得る段階にはない。

その他にも、私たちは皮膚の色などで人種をとらえるが、遺伝学的には全く根拠のないことだという。また、国家の発展にとって、緯度や気候などの地理的要因が重要なのか、民主化や市場経済のような社会制度の重要性に注目するのか、二つの大きな潮流があるが、これが遺伝と環境の問題と表裏一体になっており、集団遺伝学によるアプローチが進んでいるなど、興味深い内容が凝縮されている。