4月9日の参議院決算委員会で、イラク日報問題について陳謝する安倍晋三首相(時事)

このところ財務省、防衛省、厚労省などの官庁で文書やデータの隠蔽、捏造、改ざんが相次いでいる。契約書の文言をこっそり書き換えるとか、あるはずの文書を隠して廃棄したと言い張るとかいったことが起これば、われわれの社会経済生活は成立しない。

米国は横田基地へのオスプレイ配備を決定した。この件について、4月4日の衆議院外務委員会で河野太郎外相が「3月16日に在日米軍司令部から接受国の通報があったが、米側から、調整が整うまでの間は公表を控えるよう要請されたのを踏まえ、4月3日の公表となった」と説明した。外務省はどこを向いて仕事をしているのだろう。全体的に、日本の政治と行政にはインフォームドコンセントという理念が不在だ。

このような惨状について、安倍晋三首相をはじめ各担当大臣は、少なくとも監督責任を負うはずである。しかし、どのような不祥事が起きても安倍政権を正当化したい人はいるものである。

彼らの言い分は、朝鮮半島情勢や日米関係が急展開する中、日本の国会やメディアはいつまで文書改ざんや隠蔽に没頭するのかという、一見国益を重んじる議論である。冗談ではない。非常識な政府が重要な政策を決めること自体が国益を損なっているのである。

この種の議論を聞くと、夏休みの間、宿題を放置していた子どもが8月末になって家事を手伝えと言われ、宿題のせいで手伝えないと言い訳をする情景が思い浮かぶ。