世界経済 大いなる収斂 ITがもたらす新次元のグローバリゼーション
世界経済 大いなる収斂 ITがもたらす新次元のグローバリゼーション(リチャード・ボールドウィン 著/遠藤真美 訳/日本経済新聞出版社/3500円+税/397ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
Richard Baldwin●スイス・ジュネーブ高等国際問題・開発研究所教授、経済政策研究センター(CEPR)ディレクター(英ロンドン)。米マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。ポール・クルーグマン氏との共同論文を多数執筆。米大統領経済諮問委員会シニアエコノミストなどを経る。

自由貿易、所得分配の行く末を考えさせられる

評者 BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

4000年にわたるアジア優位を覆すきっかけは19世紀初頭に訪れた。これが経済史家の言う「大いなる分岐」で、西洋は農業社会から工業社会へいち早く移行、やや遅れて加わった日本を含めG7諸国はその後、世界の成長の中心となる。最大の要因は、蒸気機関の実用化でモノを運ぶコストが大幅に低下し、生産地と消費地を切り離すことが可能となったことだ。集積の進展でイノベーションが加速し、先進国に生産が一段と集中したのである。

次なる大変化は1990年代に訪れた。中国を含めいくつかの新興国が20年足らずで世界の工場となり、成長の中心に躍り出た。「大いなる収斂」が始まったのだ。労働集約的な生産工程を新興国に移し、研究開発など収益性の高い工程を自国に残すグローバル・バリューチェーンが構築されたことが背景だ。触媒はICT(情報通信技術)革命で、国境をまたぐ情報の移動コストが大幅に低下し、先進国企業が持つノウハウと新興国の低賃金を組み合わせることが可能となった。

本書は、世界的な貿易論の大家が、最新理論を基に新たなグローバリゼーションの姿を分かりやすく論じたものだ。

かつて高度な工業製品の製造には一国の総合力を要し、先進国のみそれが可能だった。しかし、生産工程の細分化や国際分散化で個別化が進み、比較優位が無国籍となった。日本でも企業業績や賃金の違いが業種や技能グループで説明できなくなってきたのは、個別化が原因なのだろう。

集積が進むと新興国の人件費は高騰するが、安い賃金を求め、生産工程を再びシフトするのか。実は、現在も限られた新興国に生産工程を集中させる大きな理由がある。モノとアイデアの移動コストは低下したが、ヒトの移動コストは未だに低下していない。対面でのやり取りの重要性は変わらないため、上級管理職が1日で本社と往復できる距離の新興国が選択される。事実、日本企業が選ぶのは中国や東南アジアである。

ロボットの遠隔操作やテレプレゼンスが実用化されれば、ヒトのバーチャルな移動が可能となる。今後、AI以上にリモート・インテリジェンス(RI)がグローバル経済に大きな地殻変動をもたらすという。高スキル労働の活躍の場は世界に広がり賃金はますます上昇、低スキル労働はより厳しくなるということか。自由貿易の行く末と所得分配のあり方を考えるうえで大きなヒントとなる一冊だ。