川喜田二郎氏の表現法について、まとめたい。

まず、川喜田氏において、表現法は発想法と不即不離の関係にある。優れた発想ができるときにしか、優れた表現はできないのである。優れた発想をするためには体系知が必要である。川喜田氏は、体系知には三つのカテゴリーがあるとする。

第一が、書物や資料の読解を中心とする書斎科学だ。川喜田氏が『発想法』を上梓した時点では、インターネットがなかった。現在は、ネット空間の情報を含む広範な公開情報を処理するオシント(OSINT:Open Source Intelligence)が書斎科学に該当する。

第二が、自然科学で主流の実験科学だ。

第三が、川喜田氏独自の概念である野外科学である。フィールドワークによって観察される出来事の個性を記述することだ。野外での出来事は、実験室の中のように純粋な環境で何度も繰り返して行うことができない。類似した出来事であっても、必ず一回性という性格を帯びている。異なるいくつかの出来事の個性を記述していくことが野外科学の要諦になる。

1980年代前半から、日本の知的世界はポストモダンの嵐にさらされ、体系知という発想は人気を失ってしまう。その後、日本の知的空間は混沌とした状態になっている。しかし、言語を操り、観念を持つ人間は、物語を作る動物なのである。ポストモダンによって、知的に洗練された物語がなくなってしまった後に、排外主義的なナショナリズムや、AI(人工知能)、シンギュラリティ(技術的特異点)が近未来に到来するというような荒削りな物語が、一部の人々の心を支配するようになった。このような状況は知的に不健全であると筆者は考える。