EUで会見する独メルケル首相(右)と仏マクロン大統領(ロイター/アフロ)

ドイツの東端に位置する首都ベルリンは、東欧やウクライナあたりまで含めた欧州全体からすると、西欧と東欧の中心に位置しており、ドイツは「中欧」というのが自然である。ドイツは西欧であると同時に中欧であり、欧州各国にとって東欧はドイツの裏庭といった感覚なのである。

ドイツにはDBシェンカーやDHLといった世界的なロジスティクス企業が集積しているが、これも地理的な特徴を生かしたものだ。すなわち、ニューヨーク、北京とも時差は同じ6時間で、二つの超大国と同じ時間差にあることが、有利な環境を作り出している。

首都がどこにあるかが、一国の政治と外交の運命を左右することがある。この地政学上の命題はドイツについてよく当てはまる。

第2次世界大戦後、ドイツ再統一に向けての道のりの中で、ドイツが求めてきたのは欧州とともに発展する「欧州のドイツ」であった。アデナウアー、ブラント、シュミット、コールなどの歴代の優れた首相はみな欧州主義者であった。

再統一後のシュレーダー元首相もメルケル現首相も基本は同じであるが、再統一後の「普通の国」化とベルリンへの首都移転による米国との距離感(ドイツにおける地政学の復権)により、欧州主義に若干の揺らぎが出てきている。

2004年、シュレーダー政権での「ドイツの道」(イラク戦争に反対し、ドイツのことはドイツで決めるとして反英米的態度を鮮明にした)が、その嚆矢(こうし)であった。