なぜ戦略の落とし穴にはまるのか
なぜ戦略の落とし穴にはまるのか(伊丹敬之 著/日本経済新聞出版社/1700円+税/226ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
いたみ・ひろゆき●国際大学学長、一橋大学名誉教授。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。米カーネギーメロン大学経営大学院でPh.D.取得。一橋大学商学部教授、東京理科大学大学院イノベーション研究科教授を経て、2017年9月から現職。

人間性弱説に配慮した戦略構築の方法論

評者 福山大学経済学部教授 中沢孝夫

「伊丹ワールド」全開の書である。「落とし穴」にはまらない戦略をたてる方法論を、さまざまな事例を通して、わかりやすく説明している。

まず、陥りやすい落とし穴(失敗)へ歩む思考回路。視野の狭さや自分の都合による、見えにくい、あるいは見たくない「不都合な真実」からの回避。段階を追った流れの設計の不在。その結果、失敗する「戦略」の数々。

たとえば自分の強さを見失うこと。繰り返されるM&A(企業の合併・買収)の失敗。半導体産業の戦略ミス……。著者が指摘する、現場の必死の努力による成果を台無しにしてしまう経営がなぜかくも多いのか。

むろん言うは易く、行うは難いものだろう。しかし経営(者)はつねに明日を考慮し、企業という船を危うき場所に導かないことが義務であろう。そのためにこの「伊丹経営学」は、易しい事例と言葉で、丁寧に戦略構築の方法を述べている。

順をおって本書の言葉を辿(たど)ってみよう。「戦略とは『いまだあらざる姿』へ向かっての、構想である」。そして「『夢を冷静に見られる人』だけが真の戦略家である」という。さらにビジョンは言葉の貧しい人には描けない、と著者は語る。確かにそうだ。よい経営者は説明する力(言葉)を持っている。

説明はよく考えている人間にできることだ。著者は西山彌太郎、スティーブ・ジョブズや本田宗一郎といったクラシックな名前と事例を挙げているが、彼らはみな現実との向き合い方が率直で、自分の言葉でその現実を説明している。

本書は、戦略構築の要諦の一つは「捨てること」(絞り込むこと)にあるという。それは「狭く絞るからこそ、大きく広がれる」という逆説的な真理からきているという。つまりあちこちに気を配った総花はやはりダメであるということだ。

とはいえ、著者は「人間性弱説」を語る。「人は性善なれど、弱し」と造語する。「性弱」なので、善意ではあっても、目の前の現実に引きずられてしまうため、大胆に切り捨てることができない。人間の弱さを認めつつ、にもかかわらず……といった視点である。

そして経営の基本として、顧客の見えない場所でのビジネスシステム構築や能力蓄積の大切さを語っている。藤本隆宏氏の「深層の競争力」構築論と通底する経営学でもある。