東日本大震災で被災した宮城県南三陸町の防災対策庁舎。撮影は2017年2月26日(時事)

通常国会が開幕し、1月22日に安倍晋三首相の施政方針演説が行われた。聞いていて気になったことがある。それは、東日本大震災の被災地については福島に相応の時間を割いて、脱炭素化のプロジェクトを展開すると力説したが、熊本地震など最近の激甚災害については、「災害からの復旧・復興を引き続き、力強くしてまいります」にとどめたことである。

施政方針演説に違和感

昨年の施政方針演説では、熊本地震について、俵山トンネルを含む熊本高森線の開通という実績に触れ、熊本空港ターミナルビルの再建、熊本城天守閣の早期復旧を支援すると述べていたが、今年はそれと大きく異なる。各地に適切に目配りをしたとは言いがたい──そのような感想を払拭できないのである。

状況は、確かに東北では変わりつつある。津波で甚大な被害を受けた沿岸部の市町では、おおむね高台移転が終了しつつある。中心部のカサ上げも相当程度進んでおり、今後は道路整備と交通網の再建、そして商業地となる中心市街地の本格整備が進むだろう。福島でも放射能の除染が進み、帰還可能な区域が拡張されている。いよいよコミュニティの再建が本格化する。とはいえ、若い世代の避難先への定着が進み、帰還を希望するのは高齢世代を中心としているという課題が重くのしかかっている。

一方、熊本では、被害を受けた住宅の再建が進みつつある。1月下旬に熊本を訪問する機会があった。熊本城の天守閣の再建も進んでいる。だが、もちろん発災から2年が経ったにすぎず、地震の揺れの記憶はまだまだ生々しいものがあると現地の方から聞かされた。文化財の再建には長い時間がかかるため、熊本城の石垣はもちろんのこと、徳富蘇峰の旧宅がある徳富記念園では、旧邸宅は、外側から突っかい棒のように多数の柱を支えにしてどうにか立っている状況のままであった。県立美術館も閉鎖している。傷んだ市街地の再建までの遠い道のりを、これからたどっていくことになるのである。