戦後日本の安全保障政策は、単純化すれば3択問題であった。右の案が自主防衛、左の案が非武装中立。前者はコストがかかりすぎ、後者は冷戦時代の現実に適合しなかった。

したがって両案共に「捨て案」となり、政府が日米安保体制を選択したのは自然な判断であった。国民の生命・財産を守るという原点に立った場合、それ以外の選択肢はないに等しかった。

冷戦終了後には、「同盟漂流」といわれた時期もあった。しかしその後はテロリズムの脅威、北朝鮮問題、中国の海洋進出など、刻々と変わる安保環境に対応し、日米同盟はむしろ緊密化した。沖縄の基地問題には軽く目を閉じて、有事法制から機密保護、集団的自衛権まで法律面の整備も前進してきた。