去年、筆者の手元に、東京地方検察庁特別捜査部から「ガサ物」(押収品)が還付された。家宅捜索でノート、書類、名刺、コンピュータなどを押収されたのが2002年5月14日なので、還付まで15年かかったわけだ。その中には、モスクワの日本大使館や外務本省の国際情報局で勤務していたときのメモが入っていた。

筆者は基本的に大学ノートにメモをしている。モスクワではロシア(ソ連)製のA4判ノート、東京ではB5判ノートにメモをしていた。モスクワでは、通常は中国製万年筆「英雄(ヒーロー)」(パーカー51に似ている)を用いていたが、冬季は屋外でインクが凍ってしまい書けなくなるので、日本製のボールペンを用いていた。もっともボールペンでも、マイナス10度を下るとインクに粘りが出てきて、すらすらと書けなくなる。ロシア人は、厳冬期の屋外では鉛筆を使ってメモを取ることが多かった。それを見て、筆者も、ときどき鉛筆を使うようにした。

現在、ソ連崩壊後の体制転換期(1992~95年)のノートをチェックしているが、走り書きのメモであるうえに20年以上前の出来事にもかかわらず、記憶が鮮明によみがえってくる。以下の川喜田二郎氏の指摘は、筆者の経験に照らしても正しいといえる。

〈このように話の曲り角だけをなぐり書きにしても、ふしぎなもので、そのまま数日放っておいても、そのあとで記録するときにはほとんどまちがいなくつながって、完全な文章にすることができる。これも新聞記者が取材にあたって常用していることだと思う。人間の記憶構造は、その観察内容に構造性があると、このように断片的な符号の一組を与えられるだけで、ずいぶんと復元できるものである。しかし記憶対象に構造性がなかったり、まったく別の事柄同士だったりすると、すぐにどこかを忘れてしまう。〉(川喜田二郎『発想法 改版』中公新書、2016年、41ページ)