正規の世界・非正規の世界――現代日本労働経済学の基本問題
正規の世界・非正規の世界――現代日本労働経済学の基本問題(慶應義塾大学出版会/456ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
かんばやし・りょう●一橋大学経済研究所教授。1972年生まれ。東京大学経済学部卒業、東大大学院経済学研究科博士課程修了。東京都立大学助教授、米スタンフォード大学客員研究員、米イェール大学客員研究員、OECDコンサルタント、一橋大学経済研究所准教授などを経る。

非正規シフトの背景にある自営業の継続的減少

評者 BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

1990年代初頭に1割強だった非正規雇用比率は、今や3割を超える。多くの人は非正規雇用が増え正規雇用が減ったと考えるが、実は80年代から正規雇用は減っていない。いったい何が生じたのか。

本書は、気鋭の労働経済学者が丁寧なデータ分析を基に、労働市場全体の姿を俯瞰したものだ。非正規雇用増加の裏側で生じたのは自営業者の減少だった。非正規雇用比率の大幅上昇に目を奪われ、いつの間にか自営業者の継続的な減少と被用者の継続的な増加が忘れ去られていた。

日本的雇用慣行が崩壊したという通説にも反論する。長期雇用体系を見ても、年功賃金体系を見ても、データからは日本的雇用慣行のコア部分はほとんど変わっていないと結論する。労働需給の逼迫にもかかわらず、正規雇用の賃金上昇が鈍いのは、日本的雇用慣行が維持されているからと考えるべきなのだろう。

ただ、変化がまったくないわけではない。欧米と同様、雇用の二極化は生じた。賃金格差は拡大していないというのが通説だが、男性では拡大傾向にある。女性の格差が縮小しているため、男女合計で見ると格差が覆い隠されていたのだ。男性は、同一能力でも就業する事業所の違いで賃金格差が拡大するという興味深い現象が観測される。

また、増えているのは高賃金と低賃金の仕事で、中間的な賃金の仕事は減っている。非定型的な仕事が増え、定型的な仕事が減っているのも米欧と同じだが、それは60年代からの現象で、欧米と違い80年代以降の情報通信技術がきっかけではないという。

もう一つ本書が強調するのは、労使慣行はあくまで労使自治の下で作り上げられてきたという点だ。政府が法律を変更しても、慣行が容易には変わらないことを戦前期の分析から論じる。ただ、90年代以降、最低賃金の継続的な引き上げで、それ以外の賃金にも影響が表れてきた。今後、労使自治を前提とした労使慣行は変質するかもしれない。

小売や飲食などサービス業から自営業が撤退し、その間隙を縫ってチェーン店などが出現、非正規雇用を吸収したというのが、自営業から非正規雇用へのシフトの背景にある。ただ、かつて途上国なみの高水準だった自営業比率は、先進国の下限まで下がり低下余地は乏しい。となると、今後、非正規雇用の供給が限られるということだろうか。

骨太の本書の研究が、今後の労働市場の分析に多大な影響を及ぼすのは間違いない。