スティグリッツのラーニング・ソサイエティ
スティグリッツのラーニング・ソサイエティ(東洋経済新報社/492ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
Joseph E. Stiglitz●米コロンビア大学教授。世界銀行の元チーフエコノミスト兼上級副総裁。クリントン政権で経済諮問委員会委員長を務めた。ノーベル経済学賞を受賞。
Bruce C. Greenwald●米コロンビア大学ビジネススクール教授。グラハム・ドッド投資ヘイルブルンセンター長も務める。共著に『新しい金融論』『競争戦略の謎を解く』など。

伝統的な経済学に再考を迫る

評者 BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

経済成長論の始祖であるロバート・ソロー教授以降、イノベーションが経済発展の最大の源泉であることは広く知られている。ただ、新技術が開発されたからといって、直ちに経済的豊かさにつながるわけではない。多くの人が効果的に使いこなすことが不可欠で、学ぶことが重要だ。

先進国でも、ベストプラクティスを持つ企業とそうでない企業の差は大きい。経済成長を高めるには、トップランナー企業の躍進だけでなく、そのノウハウを他企業が学び、平均的な企業の生産性を底上げすることが必要だ。本書は、一国経済の成功には、ラーニング・ソサイエティの構築が不可欠と主張する。

19世紀に欧米が豊かになったのも、20世紀終盤に東アジアの国々が豊かな国の仲間入りをしたのも、ラーニング・ソサイエティへの移行に成功したからという。知識経済化の進展で、ラーニングの重要性は益々高まっている。

本書が特徴的なのは、経済的厚生を高めるには市場の力だけでは不十分で、政府も大きな役割を果たすと主張する点だ。伝統的な経済学では、政府介入は非効率性を生むと批判されてきた。しかし、ラーニングやイノベーションへの投資は、スピルオーバーが発生するため、市場に任せたままでは、社会全体の最適量より過少となる。資源の効率利用は重要だが、伝統的な経済学が見落としてきたラーニングはそれ以上に重要で、政府の後押しが不可欠という。

実際に物作りを実践することでラーニングが進むため、途上国は保護政策を取ってでも、製造業を育成すべきと説く。そこでのラーニングが他部門に広がり、社会は長期的なメリットを得る。市場の失敗を前提とするから、そうした帰結となるのだが、評者を含め自由貿易論者には容易に受け入れ難い提言だ。

実は最初にイノベーションの重要性を説いたのはシュンペーターだったが、資金の豊富な独占企業がイノベーションの主体になるとして、独占に好意的だった。しかし、独占は過少生産や高値をもたらすだけでなく、他企業のイノベーションを阻害するため、本書は否定的だ。むしろデジタル革命で新たな独占が生じやすく、警戒を強めるべきというが、この点には同意する。

米国を中心に進む知的財産権保護も現在の手法では、ラーニングやイノベーションを阻害するとして批判するが、この点も納得した。

伝統的な経済学に再考を迫る刺激的な一冊だ。