SHOE DOG(シュードッグ)
SHOE DOG(シュードッグ)(東洋経済新報社/560ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
Phil Knight●米ナイキ創業者。1938年生まれ。米オレゴン大学卒業。米陸軍を経て米スタンフォード大学大学院でMBA取得。日本のオニツカ製靴を米国で販売した後、「ナイキ」ブランドを立ち上げ、社名も変更。64年から2004年まで同社のCEO、その後16年まで会長。

大事なのは生じたことにいかに対処するかだ

評者 福山大学経済学部教授 中沢孝夫

「シュードッグとは靴の製造、販売、購入、デザインなどすべてに身を捧げる人間のことだ。靴の商売に長く関わり懸命に身を捧げ、靴以外のことは何も考えず何も話すこともない。そんな人間同士が、互いにそう呼び合っている」と本書にある。

「人が一日に歩く歩数は平均7500歩で、一生のうちでは2億7400万歩となり、これは世界一周の距離に相当する」そうだ。それゆえ靴は人間の暮らしに欠かせない。特にアスリートにとっては、よい靴は人生そのものである。靴のよしあしがレースつまり人生を決めてしまう。そしてつくる側も人生のすべてを賭けている。

このナイキの創業者の自伝には、起業家が経験するあらゆることが記されている。よい靴をつくり、米国そして世界にそれを届けるために、素材の開発、機能の向上、デザイン、マーケティング、そして製造現場(工場)の構築などに全力を挙げ会社を発展させるために著者の渡った橋は、危険と興奮と感動に満ちている。

仕入先との葛藤。つねに綱渡りであり、薄氷の上だった資金繰り。債権者たちや給料の小切手を現金に換えられない従業員の怒り。企業の破綻につながる銀行の冷厳な通告。それを救った日本の商社(日商岩井)。あるいは各種の裁判(非は著者の側にあることも)……。

本書を読みながら、評者は経済学者フランク・ナイトの言う「真の不確実性」という言葉を思い出した。新しいことに踏み出す時、そこには担保などない。起こりうるあらゆることを予測する能力は人間にはないのだ。大事なのは生じたこと、起こったことへのリーダーとその仲間による対処だ。

1962年にスタートし、80年12月、アップルと同じ週に同じ株価で株を公開したナイキは、資金繰りの不安はなくなり(株主との膨大な煩雑なことを背負うが)、著者は1億7800万ドル、一緒にスタートした仲間たちも900万ドル、600万ドルといった資産を手にした。しかし著者は言う。「起業家にとって、米国は誰もが思うようなユートピアではない」「起業家精神は」「薄まっている」と。

本書を読了した時、評者が思ったのは人生には沢山の旅が必要なこと、そして優れた人とどれだけ出会えるかが問われている、という単純な事実だった。しかしそれにしても何とまあ説得力があり、感動的な本だろう。