【今週の眼】太田聰一 慶応義塾大学経済学部教授
おおた・そういち●1964年京都市生まれ。京都大学経済学部卒業、ロンドン大学大学院修了(Ph.D)。名古屋大学大学院経済学研究科教授を経て2005年から現職。専門は労働経済学。著書に『若年者就業の経済学』、共著に『もの造りの技能─自動車産業の職場で』『労働経済学入門』など。(撮影:梅谷秀司)

この1年を振り返ったとき、失敗した経験を思い出すこともあるだろう。筆者の場合、講義での説明が間違っていて講義後に学生に指摘され、翌週慌てて訂正したことがあった。汗顔の至りだが、ほとんどの人も1年の間に大なり小なり失敗を経験しているのではないかと思う。

失敗を糧にして学ぶことは重要だ。それは、同じ失敗を繰り返さないで済むという消極的な理由だけでなく、「失敗は成功のもと」「災いを転じて福となす」ということわざが示すように、失敗が成功への近道になることすらあるからだ。だからこそ、失敗を扱ったテレビ番組や書籍が支持を集めるのだろう。しかし、失敗から学ぶのは意外と難しい。というのも、自分の失敗を認めることは、多くの人にとって困難を伴うからだ。

心理学や行動経済学のこれまでの研究蓄積は、人間は自信過剰になりやすいことを教えている。たとえば、私たちは「自己奉仕バイアス」にさらされている。投資家、特に男性は、投資が成功した場合には自分の能力の高さによるものと考え、失敗したときには「運が悪かった」と考える傾向がある。失敗したときに、それを自分の努力や能力の欠如によるものだと思うのが嫌で、運のせいにするのだが、このバイアスは失敗から学ぶチャンスを失わせる。

似たようなことが、就職環境が悪いときに学校を卒業した人々の心理にも当てはまる、と主張する米国の研究がある。不況時に学校を卒業した人々は、たとえ自らの努力不足で条件の悪い仕事についても、それを「卒業時期が悪かった」という運のせいにすることができるので、好況時に卒業した人々よりも自らの状態に対する満足度の高い傾向があるという。

このように、人は失敗を運や他人のせいにして教訓を得るチャンスを失ってしまうことが多い。これほど「失敗から学べ」といわれているにもかかわらず実際に失敗を生かす人が少ないのは、こうした要因によると思われる。