デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか
デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか(東洋経済新報社/362ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
Ryan Avent●英『エコノミスト』シニアエディター兼経済コラムニスト。2007年から世界経済を担当。米『ニュー・リパブリック』、米ニューヨーク・タイムズ、米ワシントン・ポスト、英ガーディアンにも寄稿している。著書に『The Gated City』(未邦訳)など。

新興国の成長の時代も終焉を迎えるのか

評者 BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

1980年代に始まったデジタル革命。30年が経過し、ついに指数関数的な影響を経済にもたらし始めた。労働力が減少する日本では危機感は薄いが、多くの先進国ではロボットやAIに置き換えられ、労働力余剰が懸念され始めている。完全雇用に入った各国で賃金やインフレの上昇が鈍いのもデジタル革命による労働分配率の趨勢的な低下が影響しているからではないのか。

本書は、『エコノミスト』の論客が、デジタル革命の加速がもたらす労働力余剰時代の到来を論じたものだ。多くの分野で自動化が進むと同時に、サプライチェーンのグローバルな管理が可能となった。過去30年で10億人の労働者がグローバル経済に組み込まれたが、今後30年でさらに10億人が加わる。一方、先進国ではデジタル技術をテコに高スキルの一部の労働者がより多くの仕事をこなし、低スキル労働者を生産性の高い分野で吸収するのが困難になっている。増えている雇用は、富裕層へ奉仕するビジネスだ。

資本やアイデアの出し手に所得が集中し経済格差が広がった、19世紀初頭から20世紀初頭の産業革命と同様の現象が繰り返されるという。当時、工業化の恩恵が社会全体に行きわたるには長い年月を要したが、それでも農村の余剰労働力が吸収された19世紀後半には低スキル労働の実質賃金は上昇した。デジタル革命は労働を不要とするため、困難な時代が長引くという。所得再分配策が導入されたのは、経済格差が広がり全体主義や共産主義の台頭で資本主義が動揺した30年代だったが、闘争の時代が再び訪れるのか。

興味深いのは、新興国の成長の時代が終焉を迎えるという主張だ。賃金が上昇すると生産拠点は人件費の安い国に移転し、早い段階で脱工業化が始まる。さらに自動化技術の進展で、生産拠点が先進国に回帰する可能性もある。ただ、先進国で低スキル労働への需要が増えるわけでもない。

本書は、付加価値を生み出す際、社会でも企業においても、人と人との関係性がもたらすソーシャルウエルスがこれまで以上に重要性を増したと主張するが、同時に果実の多くが株主や経営者など一部の人に集中することを憂う。

各国で総需要の回復ペースが緩慢なのは、支出の先送りからではなく、支出性向の低い経済主体への所得集中が原因とすれば、処方箋は所得再分配の強化である。金融緩和だけで対応すれば、株価ばかりが上昇し、経済格差をむしろ助長するのではないか。