人間の知性は、総合的なもので、理科系と文科系に学術が早い段階で分かれてしまうのは適切でない。現在、先進国はどこも文理融合を進めようとしている。日本も2020年度からの大学入試の改変、学習指導要領の改訂によって文理融合を進めようとしている。

優れた表現をするに当たっても、文科系の人は理科系の学知に、理科系の人は文科系の学知に関心を向けることが必要になる。渡部昇一氏の専門分野は英語学であるが、それにとらわれず哲学、歴史などで縦横無尽の活躍をした。そのような、学際的活躍ができる背景に、渡部氏の現代物理学に対する目配りがある。特にハイゼンベルクの量子力学から渡部氏は強い影響を受けている。

〈近代科学思考に大きなくさびを打ち込んだ大理論に、ドイツの理論物理学者でノーベル物理学賞を受賞したハイゼンベルク(一九○一~一九七六年)の不確定性原理があります。これは、学界に非常な衝撃を与えた理論であったようです。

アインシュタイン(一八七九~一九五五年)より少し遅れて生まれたハイゼンベルクは、量子力学の創始者の一人とも言われますが、彼の不確定性原理を簡単に紹介しますと、「物質の究極の本質を探ろうとすると最後には観測したものが違っている」、言い換えると、「物質を正確に観測しようとすればするほど間違った情報が導き出される」というものです。〉(渡部昇一『知的人生のための考え方』PHP新書、2017年、37ページ)

観測主体と観測される客体を明確に区別することはできない。何か質問をされた場合も、その質問の内容で相手の回答が変化することは大いにある。

「集団的自衛権を容認すると日本が戦争に巻き込まれる危険がある、と主張する専門家がいます。あなたは集団的自衛権の行使を日本が認めるべきと思いますか」という質問と、「北朝鮮が核兵器と弾道ミサイルの開発を加速しています。あなたは集団的自衛権の行使を日本が認めるべきと思いますか」という質問では、回答が変化する。質問しているのは、集団的自衛権を日本が認めるべきかという命題であるが、それに関連した説明が相手に影響を与える。不確定性原理を類比(アナロジー)的に適用すると、世論調査のわなが見えてくるのである。