週刊東洋経済 2017年11/25号
書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

»»Part1 こんなに使える経済学

ビジネスパーソンも知っておきたい行動経済学
事例で学ぶ経済の新定番

腹周りの脂肪が気になってきた。これはいかんとランニングを始めるが、なかなか続かない。たかが1日30分の努力が、なぜ難しいのか。やせたいと切望しているのに、なぜむしろ少しずつ太ってしまうのか。

「伝統的な経済学の研究者は、太っている人を見ると『あの人は合理的に太っている』と考えます」。大阪大学の大竹文雄教授はそう説明する。「これ以上太って健康が損なわれることと、今ラーメンを食べるということのトレードオフ関係を理解したうえで、『このぐらいなら大丈夫』という合理的な水準を設定して太っている、と考えるのです」。

合理的な判断で太っている? そんな人がいるとは思えないが、これまでの主流派経済学ではそういう解釈になるのだという。なぜなら、伝統的な経済学は理論に普遍性を持たせるため、人がつねに合理的に行動する前提ですべての理論を構築しているからだ。その前提とする人間像は、感情にいっさい振り回されず、いつも自分の損得を客観的に考えて行動する超合理主義者。これをホモ・エコノミクス(経済人)と呼ぶ。

行動経済学は人間が非合理的な選択をするメカニズムを解き明かす。ビジネスパーソンにとっても学びの多い研究分野だ(撮影:今井康一)

ホモ・エコノミクスを前提として経済を論じることに、異議を呈する学者たちがいる。1978年にノーベル経済学賞を受けたハーバート・サイモン氏は、「限定合理性」という言葉で人間の思考力や判断力の限界を指摘した。同賞を2002年に受賞したダニエル・カーネマン氏は心理学者で、「同一の物事でも、状況次第でとらえ方が変わる」という人間の性質をプロスペクト理論で説明した。

そして今年、同賞を受賞したリチャード・セイラー氏は「メンタルアカウンティング(心の会計)」という考え方を提唱。本来価値が同じはずのおカネを、使途や財源によって異なる尺度で使い分けるという行動を説明した。

こういった非合理な人間の側面を、いくつかの系統立ったバイアス(偏り)として説明する経済学が行動経済学。ホモ・エコノミクスではなく、ありのままのヒューマンの心理と行動を説明している。

伝統的な経済学に取って代わったわけではない。複雑な社会を理解するために、ホモ・エコノミクスのような極端な仮定で事象を簡略化することは今も有用だ。ただこの手法では説明できなかった非合理が、行動経済学によって解明されつつある。そしてその先には、神経科学や実験を通してさらに深く人間と経済の摂理を探る試みが続く。この一連の試みの最先端を知ることは、働く人にとっても有益だ。身近な事例で経済学の今を紹介する。

プラスの視点 アクセスランキング バックナンバー一覧 TOP