渡部昇一氏はカトリックのキリスト教徒なので、新約聖書でイエスが用いたレトリックに注目する。レトリックは、中世のカトリック神学、さらに16世紀の宗教改革後、カトリック教会とプロテスタント教会の論争で磨かれた経緯がある。渡部氏のレトリックに関する議論は、このような知的遺産を踏まえたものだ。

〈レトリックを最も効果的に用いているのが宗教の世界でしょう。宗教は論理ではないだけに当然なのかもしれません。実際、偉大な宗教家の言動を見ると、偉大な修辞家であると言えます。キリストの例を挙げてみましょう。

キリストを訴える口実を得ようとする律法学者やパリサイ人が、愛を説くキリストを試そうと、彼のもとに姦通した女を引き連れてきました。そして、

「モーゼは律法の中で、こういう女は打ち殺せと命じたが、あなたはどう思うか」

もしキリストが日頃主張する愛をもってして「その女を助けよ」と言ったら、ユダヤの掟に背くので訴えようと考え、逆に「助けるな」と言ったら、あなたの説く愛はしょせんその程度のものかと問い詰めようとしたのです。

この問いを受けたキリストは、黙って周囲の人々を見渡して、

「あなた方のうち、罪を犯さなかった者がいたら、この女に石を投げなさい」

と言ったのです。これは答えにはなっていないのですが、その場にいた人はみな静かに去っていったといいます。〉(渡部昇一『知的人生のための考え方』PHP新書、2017年、138~139ページ)