
自負心なしにワシントンでは生き残れない
評者 慶応義塾大学環境情報学部教授 渡辺 靖
ホワイトハウスの番記者が描くオバマ・トランプ両政権の内幕。しかもその語り手が政府高官を囲む内輪の裏取材も許された唯一の外国人特派員となれば、これはもう読まずにはいられない。
著者は朝日新聞の花形特派員。現在も機動特派員としてホワイトハウスで取材を続けている。
生き馬の目を抜くような激しい取材競争のなか、約400万人の政府職員を束ねる行政府の中枢に食い込もうとする奮闘ぶりは、それだけで読み応え十分だ。
トランプ政権の「本質」、オバマ前大統領の広島訪問の「真の理由」、随所で漏らされる米国の「本音」……。生真面目な研究者には憚(はばか)られる言い回しが可能なのは、百戦錬磨の経験に裏打ちされた自信の証だろう。自負心を感じさせる表現も散見されるが、自負心なしにはワシントンでは生き残れない。
トランプ政権の「ロシア疑惑」など、最近の動向も詳述されているが、個人的に最も面白かったのはホワイトハウス取材の暗黙のルールやトランプ政権と対峙する記者協会内部の雰囲気、そしてオバマ氏の広島訪問の舞台裏を描いたくだりだ。
特にオバマ氏の最側近でスピーチライターを務めたベン・ローズ氏から広島訪問に関する証言を引き出した部分は圧巻だ。好奇心を大いにくすぐられた。そして、その好奇心はさらに広がる。

日本の読者や本社デスクから求められる「米国話」を現地でどう思ったか。日米の記者や政治家の資質の違いについてはどうか。オバマ氏の評価が必ずしもワシントンで高くなかったのはなぜか。ワシントンで「親日的」とはどういう意味なのか。
さらに言えば、朝日新聞に限っても、これまでに松山幸雄、船橋洋一、三浦俊章、西村陽一各氏など錚々たる特派員が米政治を報じてきた。日本メディアの報道はどう変化してきたのか。今後、どうあるべきなのか。メディアを介さずに米大統領が全世界に向けてツイートできる時代だ。
これはジャーナリズムの世界のみならず、「日本において米国を理解するとは一体何を意味するのか」という根源的な問いでもある。
むろん、研究者にとっても他人事ではない。いつか著者の知見に触れてみたいと思う。
とはいえ、トランプ政権は続く。ホワイトハウスを揺るがすスクープが日本人記者によって発せられる日を期待したい。