「おまえは天才バカボンか!」

これは特殊部隊候補生を連れて山に入ると必ず言ったせりふである。夜が明ける1時間前、空は白み始め、山の稜線が見えてくる。候補生たちに日出方位の計測を命じると、彼らは稜線と空の境目からオレンジ色の一点が顔をのぞかせる瞬間にその方位をコンパスで測る。そして、必ず何名かは「方位は259度」と回答する。

正解は79度である。季節によって多少の変化はあるが、日の出は東の方向に決まっている。それは誰でも知っているのに、コンパスに書いてある反方位の数字をそのまま読むので、結果、「西から昇ったお日様」になってしまう。

彼らへの教育ではまず、肉体的・精神的ストレスがほとんどない状態で地図とコンパスを持って山地に入り、自分の行きたい場所へ、自分の行きたいルートで、自分の着きたい時刻に到着するための技術を習得させる。習得したら、負荷重量を増加したり、水分や食料の制限をかけたりしていく。

最終的には、夜間にいっさいライトを使うことなく、道なきルートを計画どおりのスピードで移動できるようになる。その教育過程において、コンパスを持たずに山中を移動するステップがある。

このステップを終えた段階で、冒頭のようなミスを犯す者は皆無となる。計器に頼り切らない習慣が身に付くからである。

コンパスを持たない状態で山中を移動しなければならないときは、太陽と月と星の位置や動きの法則を利用し、ある程度の幅を持った方位を読んで行動する。この能力を体得した者は、ひとまず大ざっぱに方位をつかみながら行動し、1度単位の正確な方位が必要になったときのみ手持ちのコンパスを使う。その値が、自分がコンパスなしでつかんでいる方位とずれていないかを確認するのだ。