先日参加した会合で、韓国の歴史教科書に関する研究発表があった。かの地に長期で滞在したことのない筆者は、その歴史教育の事情は何も知らない。だから韓国の教科書がその国のおこりを述べるにあたり、箕子(きし)に触れていないと聴いてびっくりした。

もちろん驚いたのは、無知な筆者だけ。少し調べれば、どこにでも書いてある常識的な知識ではあるらしい。

箕子というのは古代中国伝説の賢人で、周の武王に政治の大法を教えたのち、箕子朝鮮という国を建てたと伝えられる。紀元前1000年よりも前のことだが、その箕子朝鮮を遙かに継承して成立したのが、14世紀末から20世紀初めまでつづいた朝鮮王朝だった。

朝鮮王朝では重要人物

そのため箕子は、朝鮮王朝では並々ならぬ重要人物である。当時の史料にも、箕子やそれにまつわる記述はおびただしい。それなら、たとえ伝説・説話ではあれ、韓国の歴史教科書も、少しは箕子を紹介しているものと、てっきり思いこんでいたのである。

周の武王とは、悪逆な暴君を打倒した儒教の聖人の一人であった。箕子はそんな聖王に政治を教えたのだから、儒教=中華文明の起点に位置する。そうした人物が建てた国だから、朝鮮も中華的な価値を共有し、「小中華」と自称できた。

この「小中華」こそ、五百年以上にわたって存続する朝鮮王朝のプライド・アイデンティティであった。その自尊意識がひいては、韓国のナショナリズムの基礎・原型につながるから、箕子の建国説話は重要なはずである。ところが現代の韓国では、必ずしもそうは考えない。

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