表現法の基礎は書くことだ。論理的でかつ、読者を引き付ける文章を書くことができると、プレゼンテーションも上手になる。性格が社交的で話すことが好きでも、書く訓練を受けていない人の話は誇張や飛躍が多く、録音して文字に起こしてみると理解不能の文章になっていることが多い。それだから、表現法を体得するには、書く力の強化を先行させるべきと筆者は考える。それではどうすれば書く力がつくのか。とにかく毎日文章を書くことである。渡部昇一氏も同じ考えだ。

〈トランジスターの発明でノーベル賞を受賞したショックレー(一九一○~一九八九年)は、自然科学者について、論文の数が学者の知能を計る尺度になると言い、論文の数の多さは、論文の質の高さと統計的にほぼ一致すると言っていますが、一年に十編のよい論文を書く人と、一年に一編のよい論文を書く人を比べると、少ない業績の人がいくら頑張るといっても、差は開くばかりでしょう。

これはという小説家や哲学者を見ても、夭折した天才を除けば、多くは多作家です。それは仕事をする技術を身につけていたからと言っていいでしょう。〉(渡部昇一『知的人生のための考え方』PHP新書、2017年、118ページ)

多作であるということは当然、勤勉だ。何事につけても勤勉こそが成功の母なのである。渡部氏は、書く技法を優れた作家から学んでいる。その1人が新田次郎氏だ。

〈こうした「仕事をする技術」に熟達した人は、“毎日一定の適当な時間を仕事にささげる”つまり機械的に働くという習慣を身につけて、時によってはあらかじめ構想することなく、ともかく書き始めて、しかもそれが結局は傑作になったというものも多いようです。

この機械的に働くという癖づけが大切なのです。新田次郎氏は、『小説に書けなかった自伝』の中で次のように書いています。