難破する精神:世界はなぜ反動化するのか
難破する精神:世界はなぜ反動化するのか(エヌティティ出版/213ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
Mark Lilla●米コロンビア大学教授。1956年生まれ。ネオコン系政治誌の元編集委員。専門は政治哲学、政治神学。哲学、宗教と政治権力の行使の関係を大きなテーマとして研究している。著書に『シュラクサイの誘惑』『神と国家の政治哲学』など。

反動を理解してこそ現代が理解できる

評者 慶応義塾大学環境情報学部教授 渡辺 靖

「保守」と聞くと過去に恋々とし、回帰を志向しているイメージがある。

しかし、近代保守主義の原点であるエドマンド・バークによれば保守主義とは過去を参照し、急進的な変化に懐疑的でありながらも、漸次的な改良を目指す態度を指す。

進歩を否定し、過去を美化し、その復古を求めるのは「反動」であって「保守」ではない。「反動」は近代(科学主義、合理主義、啓蒙主義など)そのものに対して否定的だ。

本書はその「反動」に関する思想的系譜と今日的位相を探った意欲作。著者はコロンビア大学で教鞭をとるリベラル系の思想家。哲学や宗教と政治権力の関係について、長年、鋭い論考を発表し続けてきた。

近代に抗う反動の精神は、当然ながら、現代世界においては分が悪い。それゆえ本書のタイトルが示すように「難破」を宿命づけられた精神でもある。

しかし、それでも反動の精神が沈み果てることはない。

それどころかトランプ現象からルペン現象、さらにはイスラム過激派の隆盛に至るまで、現代世界は反動の精神で溢れているかのようだ。ならばそれを時代錯誤の退廃した精神と一蹴する前に、なぜそれがかくも魅惑的であり続けるのか理解する必要があろう。

本書の第1部は「反動の思想家」3人の評伝。レオ・シュトラウスはネオコンに強い影響を与えた人物として有名だ。

第2部は切り口がとてもユニークだ。ルターとウォルマート。毛沢東と聖パウロ。何の脈略も無さそうな両者の線の結び方に唸らされる。

一昨年末のパリの風刺新聞「シャルリー・エブド」襲撃事件を入り口に現代における「ノスタルジアの政治」を読み解いた第3部もしかり。

「敗北も破壊も亡命も経験したことのない人間にとって、喪失には否定しがたい魅力がある」など、本書には含蓄の深い文章に満ち溢れている。

近代と反動。反動は近代を必要とし、そして近代もまた反動を必要としているのではないか。それは芸術における真作と贋作の関係に似ているのではないか。ならば、近代を理解するためにも、反動を理解する必要があり、現代を理解するためにも、本書を一読する必要がある。

近代と保守の関係について日本屈指の造詣の深さである会田弘継氏の解説が本書に最高の補助線を与えている。知的に実に贅沢な一冊だ。