大学はかねて、多忙になっている。最も浮世離れしたわが文学部も、例外ではない。授業は7月いっぱいまで続き、その後にようやく定期試験である。お盆休みをまたいで試験の採点と成績の評価、ダラダラしていると仕事にならない。そのため休み中のある時期、集中的にレポートや試験の採点にとりくむことになる。

講義の内容は清朝史・近代史だったので、時代にかかわらず満洲にふれる学生のレポートが多かった。それはよい。読んでみると、ほとんどが「満州」と書いてあって悲観した。あんなに「満州」と記すのはまちがいだと言ったのに。ワープロソフトの漢字変換で「満州」と出てくるので、何となくそれにしたがっているのだろうが、講義よりソフトに敬意を払ったことだけは確かなようである。

なぜ「満洲」が伝わらないか

講義の尊重は別にどうでもよいけれど、誤りは誤り。専門家ならみな知っているはずなのに、それが一般に伝わっていないのはどうやら東洋史学全体をめぐる現状を象徴するかのようである。

ウェブ上のフリー百科事典・ウィキペディアを覗いてみたら、きちんと表記を「満洲」で統一していた。ウェブ記事の利用は大学でしばしば問題になるのだが、それも良し悪し。コピペはともかく、学生にもこのウィキペディアくらいみてほしかった。

「満洲」ということばは、集団・種族の名称である。元来は漢語を使わない人々の自称なので、漢字で表記する必要もない。だから専門家は、「マンジュ」と原音に近いカタカナ表記をする。

筆者も学術的な場では、もちろんそれにしたがう。けれども授業や講演など、学生・一般の方々を相手に話すときは、なじみのある漢字表記がよい。便利だし関心をもってもらえる。そこで漢字で紹介するたび、必ず「洲」と書いて、その講釈からはじめないといけない。