外務省の公電(公務で用いる電報)は、外務大臣と在外公館長(大使、総領事)との間でやり取りされる。在外公館長よりは外務大臣のほうが地位は上なので、公電上の表現も変わってくる。たとえば、ロシア機が日本の領空を侵犯したとする。それに対して抗議するときには、外務大臣から在ロシア大使に宛てて「適当館員をして、ロシア外務省に抗議ありたい」というような指示を記した公電が出される。

ちなみにこういう内容の抗議ならば、抗議の程度はあまり高くない。なぜなら「適当館員をして」という指示があるからだ。この場合、参事官か一等書記官がロシア外務省の課長クラスに抗議すればいいということだ。

「貴使をして抗議ありたい」という場合、事態はかなり深刻だ。大使がロシア外務省の局長以上に対して抗議するという意味だ。こういう高いレベルの抗議の場合は、東京でも外務大臣がその国の大使を呼び出して抗議するのが通例だ。

それに対して「貴館館員をしてローキーで抗議ありたい」と公電に書かれている場合は、形だけ抗議して、大ごとにするなという意味だ。ローキーとは、「低いレベル」という意味で、二等書記官か三等書記官がロシア外務省の担当官に電話で抗議すればいいということだ。

表現法の観点からすれば、「適当館員をして」「貴使より」「ローキーで」という言葉で、事態の深刻さを表現する。文体は「ありたい」になる。

これに対して、在外公館から本省に公電で指示をすることはない。民間企業で、部下が上司に指示をすることがないのと同じだ。たとえば、ロシアの国営タス通信社が「メドベージェフ首相が近く北方領土の国後(くなしり)島を訪問する」という記事を配信したとする。その場合、モスクワの大使館はタス通信の記事をロシア語から日本語に翻訳し、公電で本省に大至急報告する。そして、この公電を引用して「本件に対する対処ぶりにつき指示願いたい」という別の公電を打つ。

こういう状況では、大使館からロシア外務省に抗議するのが当然であることはモスクワの大使館員もよくわかっているが、「本省からの公電による指示で出先の大使館員は動く」というのが日本外務省の原則になっている。したがって、大使館や総領事館による現地の判断で独断専行が起きることはないという態勢になっている。外国で大事件が起きた場合、大使館や総領事館の対応が遅いと非難されることが多い。だが、公電主義によって本省の指示がないと動けないという組織文化だと、緊急事態への対応は苦手になる。

この種の具体的な案件を処理するのとは別のカテゴリーの公電がある。現地で収集した情報を報告する電報だ。情報電と呼ばれることもある。このような電報については、独自の表現形態がある。