不道徳な見えざる手
不道徳な見えざる手(東洋経済新報社/397ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
George A. Akerlof●米ジョージタウン大学教授。2001年ノーベル経済学賞受賞。著書に『ある理論経済学者のお話の本』、共著に『アニマルスピリット』など。Robert J. Shiller●米イェール大学教授。2013年ノーベル経済学賞受賞。著書に『投機バブル 根拠なき熱狂』『新しい金融秩序』、共著に『アニマルスピリット』など。

市場に「カモ」釣りを促すメカニズムが内在と主張

評者 BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

金融の世界では、情報豊かな洗練された人々が、そうではない人々を「カモ」にして、大きく稼ぐというのはよく聞く話だ。カモ釣りが広がり、価値のまったくない金融商品を高値で大々的に販売し、挙句の果てに世界経済を危機の淵に追いやったのが米国の住宅クレジットバブルだった。金融界に市場万能主義者が多いのは、カモが次から次へと現れ、自らは常に勝者になると考えるからではないのか。

そんな疑念から評者は金融規制の緩和には常に慎重だ。ATMやモバイルバンクを除くと金融イノベーションと呼ぶものの多くは詐欺まがいではないのか。一方、実業の世界のイノベーションは生産性を高め、経済厚生を確実に改善するから、規制緩和を積極推進すべき、と考えてきた。

だから本書の主張には強い衝撃を受けた。金融以外のあらゆる分野でもカモ釣りが横行しているというのだ。結婚式や住宅購入など、人生の特別な買い物はカモ釣りの絶好の機会。健康に有害な医薬品が未だに後を絶たないのもカモ釣りが原因。選挙も典型的なカモ釣りだという。

世の中がごまかしに溢れているのは元からわかっていた話、と皮肉る人も多いだろう。確かにそうなのだが、経済学では、そうした問題が起こるのは、価格の粘着性や情報の非対称性、外部性など市場の失敗が原因と考えてきた。本書がこれまでの経済学と大きく異なるのは、自由な競争市場にカモ釣りを促すメカニズムが内在すると主張する点だ。騙す人や騙される人の問題ではない。市場メカニズムは人類に豊かさをもたらしたが、同時に詐術やごまかしも助長する。市場メカニズムを絶賛するばかりだから、必要な規制も十分行われず、カモ釣りが横行すると批判する。

著者はいずれもノーベル経済学賞を受賞したニューケインジアンの指導的立場にある研究者で、人々が完全な合理性に基づいて行動しているわけではないことを強調する研究で評価を受けてきた。一歩踏み込んだ今回の主張は、経済学者の間でも賛否が大きく割れるだろう。

人は常に物語を必要とし、自分の中にある物語を通じて世界を認識する生き物。これが評者の仮説だが、優れた文学者や歴史家、政治家、経営者は皆、物語を通じ共感を得る。本書に登場する釣り師も皆、物語を餌にカモを釣っていた。共感もカモ釣りも基本構造は同じで、本物かどうかは別にすると、いずれも人間の本性に根差すということか。