1999年9月、私は硫黄島沖の輸送艦の甲板にいた。深夜で満天の星だったが、摺鉢山(すりばちやま)のシルエットが、星空の一角を真っ黒に塗り潰していた。昨晩までの大シケがうそのようにべた凪(なぎ)となり、夜明け前には、ひんやりとして乾いた微風が洋上に土のにおいを運んでいた。

大戦での激しい戦場として知られる硫黄島の摺鉢山からは、異様な雰囲気が漂っていた。形のない、存在のみが感じられる「何か」がある。それが、散華された先輩たちの念なのか、ただの気のせいなのかはわからない。

得体の知れない存在感が気になり始めるとすぐに、どういうわけか、自分が「ひどく情けないやつだ」と思えてきた。

何ともセコい発想

この年の3月、私はイージス艦「みょうこう」の航海長として能登半島沖不審船事件に遭遇した。政府は海上警備行動を発令し、自衛隊に警察権限を与えた。われわれは炸裂砲弾による警告射撃を実施し、立ち入り検査を行おうとした。だが、結果的には北朝鮮の工作母船2隻を取り逃がした。

この事態を重く受け止めた政府は、海上自衛隊内に特殊部隊を創設すると決定。私は12月に立ち上がるという特殊部隊創隊準備室への転属を熱望した。