さる7月13日、中国在住の中国人で初のノーベル賞を獲得した劉暁波氏が死去した。享年61。

かれは中国の著名な人権活動家で、2008年に「〇八憲章」を起草発表したため、中国当局に身柄を拘束された。10年に懲役11年の判決を受けた後にノーベル平和賞を受賞したのであり、そのため中国がノルウェーと鋭く対立した記憶は、なお鮮明に残っている。

少し前に劉氏の重篤が公になり、そして逝去にいたるまでの、外国・中国の反応はやはり特徴的だった。当局の拘束を受けながらノーベル平和賞を受けた人は、かれだけではない。けれども一貫して自由を奪われたまま亡くなったのはほとんど例がないから、西側は中国政府を非難して、かれの「早すぎる死に重い責任を負う」と声明を出した。しかしかつてのような激しい中国批判は、どうも鳴りを潜めた印象である。

一人の行動をなぜ恐れるのか

中国側はもちろん、納得していない。例によって「内政干渉」だと反撥(はんぱつ)しながらも、「西側の圧力には屈しない」と強気の姿勢を見せた。このあたり、及び腰の西側諸国と平仄(ひょうそく)が合った観もある。一方で国内に対する厳しい言論統制は、依然として変わっていない。

外国側の姿勢はよくわかる。西側はテロ対策やトランプ政権・EU内の問題で足並みが揃っておらず、中国の人権問題に容喙(ようかい)する暇がない。経済大国の中国と事を荒立てても、有害無益であろう。

それに対し、中国側の態度はやはりわかりにくい。対内的な言論統制と対外的な反論はあいかわらず、とはいいながら、ここまで大国化したのに、なぜ劉氏一人の言動をそこまで恐れねばならないのか。われわれの既成概念では、どうも腑に落ちない。