暴力と社会秩序:制度の歴史学のために (叢書 制度を考える)
暴力と社会秩序:制度の歴史学のために (叢書 制度を考える)(エヌティティ出版/426ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

Douglass C. North●1920〜2015年。93年ノーベル経済学賞を共同受賞。84〜90年に米ワシントン大学の政治経済学センター所長。John Joseph Wallis米メリーランド大学経済学教授。全米経済研究所研究員。米国財政、政府の制度と経済発展との関係を専門に研究。Barry R. Weingast米スタンフォード大学政治学部教授。同大学フーヴァー研究所および国際開発センターの上級研究員も務める。

国家を支配連合内の均衡ととらえる

評者 BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

人類の歴史は、暴力とその制御の歴史でもある。暴力回避の成否が社会の安定と発展を大きく左右してきた。近代社会は19世紀に誕生したが、現在も国民が政治的、経済的自由を享受するのは30カ国に満たない。権威主義的国家では、選挙が行われても、野党は国家による暴力を意識して行動せざるを得ない。

本書は新制度派経済学の大家らが先進国とそれ以外の国で何が異なるか、暴力の制御という視点から歴史的に分析したものだ。狩猟採集時代の社会秩序の後、長らく社会基盤となったのは自然国家の秩序で、19世紀の西欧に出現し現在の先進国で見られるのがアクセス開放型秩序である。

経済発展が望めない狩猟社会では暴力の頻度は高く、エリートによる支配関係が生まれ、原始的な自然国家が形成された。エリートは経済的競争の制限によってレント(超過利潤)を得るが、互いに争うより協力するほうが有利となる枠組みを構築し、暴力を制御した。こうした論理は今も多くの途上国で観察される。

従来の理論は、暴力を独占する単一主体として国家を扱ってきたが、支配連合内の均衡とした点に本書の大きな意義がある。我々は経済成長を促進すると考え、途上国に規制緩和を求めるが、むしろ経済が混迷することがあるのは、支配連合内の均衡が崩れ政治が不安定化するからだ。一方、政治組織や経済組織の新設が万人に認められる先進国では、政治的、経済的な競争促進が社会秩序の安定を促す。先進国の成功例にもかかわらず、なぜ途上国からの移行が稀(まれ)なのか、評者の長年の疑問だったが、社会構造が全く異なるのだ。経済学は政治システムと経済システムを独立に扱うが、便宜上それが可能なのは先進国だけなのである。

本書は、自然国家からアクセス開放型秩序への移行について、米英仏の歴史的事例を詳細に検討する。従来、19世紀に高成長が可能となったのは、17、18世紀の政治経済思想の発展のお陰とされていた。本書は、19世紀に政党などの政治組織や株式会社などの経済組織の自由な設立が可能になったことを高成長の理由として強調する。一部のエリートだけに認められていた会社設立が自由になったのも19世紀半ば以降である。

政敵の投獄をほのめかす大統領の出現で、米国も権威主義的国家に向かうのかという懸念から本書を手にした。解決方法を競争的に発見する高い適応能力の存在もあって、何とか回避できそうだ。