「世界は広く、やることは多い」。だが、やったことの多くはあだになった(Fujifotos/アフロ)

金宇中(キムウジュン)会長率いる大宇(デウ)は、IMF危機での代表的な負け組企業だ。1967年に創業し、アパレルの生産・輸出を手掛けていた大宇実業は80年代に造船、自動車企業の経営権を握り、成長への足掛かりとした。96年度末の総資産額は約34兆ウォン(約3.4兆円)で韓国4位。創業者の金氏は、金泳三(キムヨンサム)政権が掲げる「世界化」の先頭走者でもあった。

「『世界は広く、やることは多い』と語り、海外市場を開拓する金宇中氏の存在はまぶしかった。軍事政権の当時、閉塞的な社会の中で、大宇の経営に夢も希望も感じた」(旧大宇社員)と言われるほどの人気企業でもあった。

大宇グループの拡大を牽引した秘訣は何か。「現地に私が1人で行ってOKを出す」。ソ連・旧東欧圏の崩壊後の90年代前半、大宇は家電などの生産拠点を求め積極的な海外進出を続けていた。「現地には潰れた国営企業があり従業員もいる。設立後2年ぐらいで生産が軌道に乗る。だから、投資も元が取れる」。資金の元手は、「カネはどこでも貸してくれる。自己資金がなくても問題ない」。これを聞いた日本の経営者は、「ずいぶん積極的だな。でも、大丈夫かな」と漏らした。97年までは、そんな経営がまかり通っていたのが韓国企業だ。