安倍晋三首相の友人が経営する加計学園の獣医学部開設問題は、許認可権と規制緩和に絡む官僚のあり方も問うている。首相官邸や内閣府に異議を唱えた前川喜平・前文部科学事務次官に対して、「毅然たる行動だ」と評価する声がある反面、「官僚の法(のり)を超えている」との批判も出ている。政策決定や官僚の人事が政治主導となる中で、官僚はどうあるべきなのか、考えてみよう。

本誌先週号(6月24日号)の「経済を見る眼」で、元官僚である小峰隆夫・大正大教授は、官僚には「国士型」「テクノクラート型」があると説明。自身はテクノクラート型を志向していたと述べている。

私の政治記者としての取材経験でも、官僚には国士型とテクノクラート型がいたと実感する。たとえば、国士型は消費税について「社会保障の財源を確保するには消費税を引き上げなければならない。国民には不人気であってもそれを実現するのが政治家だ」と説く。これに対し、テクノクラート型は「消費増税を決めるのは政治家。官僚は与えられた財源の範囲で予算を工面すればよい。財源が不足するなら医療や年金の手直しで微調整するしかない」と話す。

外交・安全保障でも、国士型は「国のあるべき姿」を唱え、時には自衛隊の海外派遣の拡大を訴える。テクノクラート型は、自衛隊の活動範囲などはあくまで政治判断に委ねるべきだとの考えだ。

前川前次官の場合は複雑だ。前川氏は「面従腹背」を座右の銘にしているという。政治家の前では言うことを聞くテクノクラート型だが、腹の中には教育問題などで独自の理念や哲学を持ち続けてきたのだろう。