愛媛県大洲市から講演の依頼が来た。テーマは「中江藤樹」だ。藤樹は日本最初の陽明学者といわれ、また生地の近江では、“近江聖人”とたたえられている。近江の安曇川(あどがわ)(滋賀県高島市)で生まれ育ったが、少年時代に祖父の仕えるこの地方の領主、加藤氏の移封によって、鳥取県の米子、さらに四国の大洲に移動した。学才を認められ藩儒(藩の儒者)となって、藩士たちに学問を教えた。しかし戦国の余風を残すこの時代、学問は軽視され、講義を聴く武士は少なかった。

儒教のメインテーマは「孝」だ。藤樹はすでに父を失い、母は琵琶湖畔に残してきている。「自分が孝を果たさずに他人に孝を説けるのか」。矛盾を感じた彼は藩に帰郷を願い出るが、許されない。意を決した彼は脱藩する。京都で追っ手を待つが来ない。安曇川に戻って母に仕え、塾を開く。門人は農民、漁民、馬方などの労働者だ。やがて彼を慕う大洲藩士を皮切りに、諸藩からも入門希望者がやってくる。現在の岡山、備前藩の熊沢蕃山はその代表だ。

大洲市は高島市と都市提携を結んでいる。高島市と合併する前の福井俊一安曇川町長は熱心な藤樹顕彰者で、藤樹をまちづくりの柱にしていた。関係史跡も整備した。住民も藤樹精神を保全し、塾であった藤樹書院前の溝にはコイを泳がせ、水中に台を据えて丹精した盆栽を置いていた。清潔な町だ。

福井町長はとっくに退任したが、先日テレビに出ていて驚いた。「退任しても地域活性化に尽くす」と言って、特産品「アドベリー(安曇川のボイセンベリー)」作りに努力している。風向と湿気のあしき関係を克服して、アドベリー栽培に成功したことの紹介だった。藤樹スピリットの実践者で、懐かしかった。