山梨県の山中湖畔に書庫を兼ねた山小屋を持っている。築三十余年になる。国道138号線沿いの標高900メートルの位置に建てた。

風呂場の窓から見る富士山は、7、8合目以上の山姿で冠雪状態のことが多い。湯槽(ゆぶね)の中で錫(すず)製のチロリに入れた冷酒をチビチビと飲みながら、その姿を眺める至福感は得がたい。太宰治流に言えば、「富士にはチロリの酒がよく似合う」ということになる。

ところが先日、それをやって大変な目に遭った。酔った気分で書庫に入り、ごぶさたしていた本の群れと旧交を温めているうちに、回った酔いで判断力を失い、後期高齢者がブレーキとアクセルを間違える“踏み違い”を行い、転倒した。書棚の枠に顔を激突させた。額が数センチメートル裂け、すさまじい出血が始まった。手で押さえ布で押さえたが、どうにも止まらない。

ついに娘が119番に電話して救急車の出動を依頼した。居所として町に登録はしてあった。が、こんな夜遅く病院に行っても受け付けてもらえない、という判断だ。

救急車が到着した。運び込まれて小一時間、サイレンを鳴らしながら河口湖に近い救急病院に着いた。この間、救急隊員が私の前に立ったまま、揺れる車中でずっと私の傷口を押さえ続けてくれた。その応急処置は病院の医師から「実に適切だった」と感謝された。