[産婦人科・大学講師]聖マリアンナ医科大 講師 戸澤晃子
子育てと3足のわらじ

とざわ・あきこ●1973年生まれ。1998年聖マリアンナ医科大卒業。婦人科悪性腫瘍を研究。(撮影:今井康一)

世界で毎年約50万人が発症し、20万人以上が死に至るという子宮頸がん。妊娠、出産を控えた20~30代の発症者も多い「マザーキラー」撲滅のため、日夜戦っているのが、産婦人科医で聖マリアンナ医科大学の講師も務める戸澤晃子氏(44)だ。

戸澤氏は産婦人科を選んだ理由について、「内科的なことも外科的なことも一つの科で行い、一人の患者を一貫して診ることができる。患者さんに対し、おめでとうございますと言えることも魅力だった」と語る。

初期研修時代、自身と同年代の女性が若くして亡くなるのを目の当たりにし、婦人科悪性腫瘍の研究者の道を選んだ。

初期研修後、「武道でいえば他流を習得したかった」とあえて出身校ではない慶応義塾大学病院に。その後、「実臨床をしつつ基礎的な研究も深めたい」と、母校の聖マリアンナ医科大学に戻り、大学院を修了し医学博士となった。

現在、大学での研究内容は子宮頸がんとその緩和治療。「子宮頸がんについては、早期発見方法の開発をメインに研究している。究極は子宮頸がんの撲滅が目標。また、がんになってしまった人の苦痛を軽減してあげたい。特に日本人は我慢しがちであるため、痛み、吐き気などを緩和してあげられれば」と研究に励んでいる。

母校の病院である聖マリアンナ医科大学病院に勤務。研究者、医師、講師として多忙な日々を送る(撮影:今井康一)

大学の勤務医は臨床医、講師、研究者の三足のわらじを履くのが一般的。戸澤氏自身、研究生活を続ける一方、医師として外来患者や入院患者の治療を行い、講師として学生への講義にも当たる。さらに教授回診など大学病院ならではの予定も多い。

「忙しい職場だが、患者さんと家族のような深いかかわりを持てる。一緒に病気を治せればやりがいは大きい」(戸澤氏)

戸澤氏自身、出産を経験し、現在2歳の育児中。「うちの大学は保育設備などが充実しており、毎日夕方5~6時には帰宅できる。一人で抱え込まないようにもしている」と周囲の協力を得ながら、母親としても充実した日々を送る。

今後は、「教授のポジションにこだわってはいないが、研究を続けたい。そのために大学を離れるつもりはない」と話す。

「婦人科は内視鏡手術が主流になっていく。未開拓な部分が多く、先駆者になりえる分野」と意欲的だ。マザーキラーとの戦いはまだまだ続く。

[内科・開業医] お茶の水内科 院長 五十嵐健祐
大卒後2年で開業へ

いがらし・けんすけ●1985年生まれ。慶応義塾大医学部卒。2014年開業。iPhone用アプリ開発も。(撮影:ヒダキトモコ)

東京都心の神保町駅から徒歩圏内に内科クリニック「お茶の水内科」を構えたのが、五十嵐健祐院長(31)だ。オフィスの多い界隈で20時まで開院し、土日も診療に応じることから、多いときは1日100人もの患者が訪れる。

五十嵐氏は慶応大学医学部に在学中から勉学の傍ら、医療関連のコンサルティング会社で働き、訪問診療や医療人材の紹介会社も立ち上げるなど実業経験を積んだ。

2012年の卒業後は、地元群馬の脳卒中専門病院で救急、循環器内科などに従事。その後国立循環器病研究センターで研修中に、脳卒中や心筋梗塞など血管疾患の専門医が、最終的には病気になってからの治療ではなく、患者の1次予防(病気を起こさないための処置)に傾注する姿勢を目の当たりにした。これらの疾患は生活習慣を改めてこそ予防でき、命を救える。一方で都内には体調は気になっても仕事が忙しく、病院に行けない社会人が多い。そこで「受け皿になる診療所があればと考え、開業に踏み切った」(五十嵐氏)。

医学部を卒業後わずか2年で都内に新規開業

医学部卒業からわずか2年でクリニックを開設。手持ち資金300万円で、物件や設備の費用は十分賄えたという。

千代田区は大学病院、専門特化のクリニックがひしめく激戦区。ただ夜間や週末も診るかかりつけ医は皆無だった。「すき間を突く狙いは的中。“医療難民”が多く訪れてくれている」(五十嵐氏)。