「あなたの座右の銘は?」と問われて、「『いろいろあらーな』です」と答えた女性評論家がいる。思わず吹き出したが、この返答は忘れられない。いつも頭の一隅に根雪のようにこびりついている。

私も似たような一語を頭の中に据えているからだ。「何が起こるかわからない。何が起こっても不思議ではない」。が、この頃はこっちの受信機が消耗したのか、部品の一部がすり減ったのか、いろいろ起こっている事象の受け止め方が雑になってきた。仕事場移転を思い立ったのもそのためだ。世間の変化の徴候を知るにはまず緊張感だ。それが衰えた。惰性だ。慣れだ。この慣れに慣れたのだ。危険だ。だから転居を考えた。

転居時には忘れずに持っていく物がある。勤めていた頃の尊敬する上司が、私のために彫ってくれた印鑑だ。実印として登録すれば、保管の気構えがしゃっきりするのだろうが、そういう実務に使うのは彫ってくれた上司の意図にたがうだろうし、私自身の心にもどこかスッキリしないものが残る。