北朝鮮情勢の緊張を、自らの宿願である憲法改正へとつなげたい安倍首相(時事)

森友学園疑惑や閣僚の相次ぐ失言で苦境に陥った安倍政権だが、北朝鮮の核危機を最大限利用して、政局の主導権を取り戻そうとしている。戦争の恐怖をあおって国内の統合を図るのは政治家の常套手段とはいえ、今回の対応については批判しておかなければならない。

まず、脅威を誇張して国民の恐怖を増大させることは、政治家として許されないやり口である。安倍晋三首相は、北朝鮮はミサイルにサリンを搭載する可能性があると発言した。北朝鮮が毒ガス兵器を持っていることは大いにありうるが、それをミサイルに搭載して他国を攻撃することは別問題である。専門家は、サリンは熱に弱く、誘導ミサイルの弾頭に搭載すれば分解されると指摘している。他方、政府は万一のミサイル攻撃の際の「避難」の仕方について手引を作成し、内閣官房のホームページに掲載した。ミサイル発射が探知されたら建物の中に入り、窓から離れろ、とのこと。これで国民の安全確保の対策を取ったつもりなのだろうか。

政府の現実無視にはあきれるしかない。例のミサイル避難のニュースを見て、戦前に活躍したジャーナリスト桐生悠々の「関東防空大演習を嗤(わら)う」を思い出したのは私だけではあるまい。悠々は、1933年、当時の軍部が仮想敵国の空襲を想定してこれを迎撃する演習を行ったことについて、軍部の自己満足だと喝破した。彼はこう言った。「敵機を関東の空に、帝都の空に、迎え撃つということは、我軍の敗北そのものである。(中略)航空戦は、空撃したものの勝であり空撃されたものの敗である」。この指摘は、ミサイル戦の現代に一層当てはまる。