2万7000円超は説明がつかない水準

十字屋ホールディングス社長  安 陽太郎

やす・ようたろう●1941年生まれ。山一証券を経て十字屋証券入社。82年社長就任。2012年に証券業廃業、投資顧問会社に衣替え。

日本のバブルは当時の政策当局による舵取りの誤りが一因。米国からの内需拡大要求にも屈せず毅然とした対応を取ったドイツのように振る舞っていれば、あそこまでバブルは膨らまなかったはずだ。

分岐点は1987年10月のブラックマンデーだ。「世界の株式市場は調整局面を迎えるのではないか」と考えた私は慎重姿勢に転じ、特定金銭信託の受け皿になっていた系列の投資顧問会社にも運用資金の量を絞るよう指示した。

ブラックマンデー以降、89年末までは「戻り売り」のスタンス。周囲からは「曲がり屋」と言われていた。