「410円になってどう? 水揚げへの影響は?」「お客さんが増えましたね。それに410円てのは案外少ない。490円が多いです」「それより遠距離は高くなったんじゃないですか」「それが案外そうでもない。あ痛っというほどじゃない」。タクシードライバーと私の会話だ。東京都内のタクシーは、先般初乗り料金を730円から410円に値下げした。もちろん距離による加算で調整する。しかし実施後、ドライバーからの不満が報道された形跡もないし、穏やかに収まっているようだ。近距離客の、特に老人にとっては病院などの通院に便利だ。福祉的な意味もある。現場さえ納得するのなら、これは、乗り手よし、乗せ手よし、世の中よしのいわゆる“三方よし”の事業改革だ。

「誰が考えたの?」「大手の若い社長と国交省の合作だって聞きました」「若い人はさすがだね」。おそらく今どきのIT族なのだろうが、私は正直に言って、総体的な料金の積算の緻密さに感じ入っている。単に損をしないようにではなく、その積算過程に温かい血の流れを感ずるからだ。オマエはおめでたいと言われても甘受する。

ちょうどデンマークの新人作家トーマス・リュダールのデビュー作『楽園の世捨て人』を読みふけっていたせいもあるが、タクシードライバーという仕事に、私が並々ならぬ関心を持っているせいもある。かつて別の会社組織に身を置いたこともあるドライバーは、全員が全員ではないかもしれないが、またすべてが本心ではないかもしれないが、「昔のような煩わしい人間関係がなくなった」という。つまり営業所を出れば、一国一城の主という意識なのだ。「そのとおりだよね。気が向かなければ、後ろの客とも話す必要はないものね」。私の対応が面白かったのか、そういうタイプのドライバーは、ここぞとばかり自分や家族、家の話をする。私はこういう話を聞くのが大好きだ。もちろん聞いた話を作品の中で使ったことはない。ただ聞くのが好きなのだ。