2016年12月10日、JR常磐線の新地駅を出発する列車を見送る地元住民たち(共同通信)

JR常磐線の相馬─浜吉田間が2016年12月10日に運転を再開。これで、残る東日本大震災の津波による不通路線は、JR山田線宮古─釜石間だけとなった。この区間は第三セクターの三陸鉄道への移管が決まり、18年度の運転再開を目指して復旧工事が進められている。

気仙沼線、大船渡線の被災区間はBRT(バス高速輸送システム)による本復旧となるなど、震災前と同じ姿とはいかないが、ここにきて、公共交通機関の復興は一段落したようにも思えてきた。

取材で現地を旅してみると、バスの運転本数はかつての列車よりも多くなっているなど、「絶対、鉄道」というこだわりがなければ、不便を感じることは少なくなっている。わずか6年前のことながら、事前の綿密な情報収集なしでは、隣町への移動も困難であった震災直後のことを思い起こせば、今は隔世の感がある。

むろん、沿線は復興途上であり、被災地では盛んに工事が行われている。福島第一原発事故に伴う避難により不通となっている常磐線竜田─小高間も、全面運転再開の予定は20年春。まだ完全とは言えない。

しかし、新しい安全な町づくりのために鉄道を活用しようという動きがいくつも見られる。今回はその側面に注目してみた。

山手へ移された常磐線、鉄道が町の「軸」に

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