『大鮃』を書いた藤原新也氏に聞く 「父性に対する拒絶反応を見直せ」

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『印度放浪』『西蔵(チベット)放浪』から40年。自身も老いの境地に立った著者が描く、最北の島での老人と青年の邂逅。それぞれに重い過去を背負った生身の老人たちに導かれ、虚構の世界にすがり、ただ弱かっただけの自分との決別へ、青年が大きな一歩を踏み出すまでの物語。

壊れることで成長する 捨て身の旅が死滅した

大鮃(おひょう)
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──ゲーム依存症で、バーチャル空間での強さと裏腹な自分の弱さに悩む31歳の主人公・太古(たいこ)。この人物設定はどう生まれたのですか?

今の若者は旅をしない。1960、70年代には若者のバックパッカーが結構いて、旅するスタイルってものがあった。でも今は半分引きこもって、自分の身の丈のテリトリーから出ない人が多い。だから今の若者に旅をさせるってことにリアリティがないんだよね。『印度放浪』を書いた俺などは放浪世代だけど、たった一人で捨て身で旅するような若者が今はいない。ゲームにのめり込んでいてオタクっぽい、影の薄い草食系男子が一つの時代の典型だよね。

──そんな若者に旅をさせたいというのがスタート地点?

日本の若者の共通項だけど、父性というものを受け取れていない、父性喪失が彼らの中にある。バトルゲームでどんどんパワーアップして、相手を打ち負かす快感の根底にあるのは父性喪失。マッチョ志向なんかも実はその裏返し。女性に対し包容力を持って接することができない、女性恐怖症的な姿も今の青年の一つの姿。父性を獲得していない面がそこにも出ている。そういう意味で太古は現代青年の典型。幼い頃に父を亡くし父性と出合えないまま、それを補うためにゲームにのめり込む。

太古という名前も妙に浮いた、とてもフィクショナルな名前でしょ。今の親は“キラキラネーム”とか子供に不思議な名前をつけるけど、このリアリティのなさは太古も同様。ところが精神科医の勧めで亡き父の故郷を旅し、父性らしきものを探り、旅の終わりには太古という名前にリアルな重みが加わっていく。

──捨て身の旅がない、というのは何を意味するのですか?

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