「テポドン発射! レーダー探知中!」

1998年8月31日12時7分。日本海に展開していたイージス艦「みょうこう」は、北朝鮮の弾道ミサイル、テポドンを発射直後からとらえていた。このときの私は「みょうこう」の航海長であり、艦内のスクリーンに映し出される光景を目の当たりにして、夢か映画ではないかと思っていた。ミサイルが日本列島に向かって真っすぐ進んでいる。そして、その先にはなんと、米空軍戦闘機部隊が駐留する三沢基地があったからである。

ミサイルが三沢基地に着弾すれば30分で沖縄、グァムはむろんのこと、洋上展開中の空母からも、米軍機が平壌(ピョンヤン)に押し寄せ、報復攻撃をするだろう。今日中に北朝鮮という国が消滅するかもしれないと思った。

98年の夏、「みょうこう」は、テポドン発射の兆候を探知するたびに緊急出港し、その回数は実に7回を数えていた。出動命令を受けて北朝鮮沖へ向かう艦内は、当初、任務に対する緊張感や高揚感で満ちていた。だが、回を重ねるにつれ、陸(おか)に残してきた日常生活への未練や、終わりの見えない任務に対する失望感が強まっていった。

結局、テポドンは三沢を越え日本列島を横断し太平洋上に着弾した。