[ポイント1]
質的・量的金融緩和の開始から4年。はかばかしい成果を挙げられず限界が見えつつある中、「物価上昇率2%の達成」を訴え続ける黒田の信条は何か

[ポイント2]
幼い頃から読書家だった黒田は東大在学中に司法試験に受かるも大蔵省に入省。英オックスフォード大留学時に金融政策のコミットメントの重要性を植え付けられる

[ポイント3]
黒田について、元上司であり先輩財務官の行天豊雄、内海孚の2人は、控えめで穏やかだが、内側には知的な正しさへの強い執着を秘めていたと語る

 

 

黒田東彦(はるひこ)は、それでも“敗北”を認めていない。

日本銀行の第31代総裁として「2年程度で2%の物価上昇率」を掲げ、量的・質的金融緩和を開始したのは2013年4月。それからまもなく4年が経つ。この緩和策は、長らく続くデフレの脱却を目指す挑戦であると同時に、国を挙げた「期待の重要性を説く経済学の実践」(13年12月の黒田総裁講演)でもあった。

しかし経過は芳しくない。昨16年の消費者物価指数(総合指数)は0.3%の下落に終わった。目標達成時期も五度延期され、現在は18年度中とする(図表1)。結果として、インフレ目標や量的緩和などの非伝統的金融政策が物価や景気浮揚に有効とする学説の説得力は落ちている。

[図表1]
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「最近は、非伝統的な金融政策をこれ以上拡張しても仕方ないという見解が一般的になってきている」。東京大学教授・福田慎一は1月、経済誌にそう寄稿した。ポール・クルーグマン、浜田宏一など、日銀が採用する政策枠組みの原型を提唱してきた著名経済学者ですら、次々と自説を修正している。

政府の態度も変わった。当初は閣僚がたびたび日銀の政策決定会合に出席し、金融緩和を強く要請したが、15年に政府が発表した経済政策「新・3本の矢」では「金融緩和」の存在が陰に隠れ、昨年7月の参議院選挙では自民党の選挙公約から外された。