[小児がん]
7~8割まで治る病気に精神・経済的支援がカギ

元気いっぱいの中学1年生だった小俣智子さんが体調に異常を感じたのは、13歳になった年の冬のことだった。夕方になると熱が出て体がだるい。だが、足が速いのが自慢で、陸上部に所属するなど、健康そのものだった小俣さんは「大きな病気なんかするとは思わなかった。親も私も風邪だろうと思っていました」と振り返る。

地元の病院の診断も、最初は風邪。血たんが気になったが、のどが炎症を起こしているのだろうと、風邪薬を処方された。しかし、なかなか治らない。何度か通院するうちに年が変わり、3月。たまたま大学病院から来ていた医師の診察の日に当たった。その医師は、症状を聞くや、「血液検査をしましょう」と言った。すぐに東京の病院に行き、精密検査を受けることになった。急性リンパ性白血病だった。

1980年代の初め。小児がんの治癒率が上がり始めた頃のことだ。最初に3カ月入院した後も、定期的に入院・治療が続いた。医師から「再発の心配はほとんどない」と言われ、薬が減らされたのは、大学1年生のとき。発症から6年が経っていた。

小俣さんは現在、41歳。武蔵野大学人間関係学部社会福祉学科の講師を務める傍ら、小児がん経験者(元患者)の団体、「小児がんネットワークMN(みんななかま)プロジェクト」代表として、小児がんへの理解を広め、他の小児がん経験者をサポートする活動をしている。「今は、多くの小児がん経験者が生きている。なのに、映画やドラマでは、小児がんになれば助からない。そのイメージを払拭しないといけない。私のほかに3人のスタッフがいますが、みんな精力的ですよ」と話す。