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2003年のスクウェア・エニックス誕生はゲーム界両雄の「夢の合併」と呼ばれたが、業績は下降し13年に営業赤字転落。合併は失敗の烙印を押された

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原因は開発スタイルの違いによる現場の混乱、PS3や携帯などハードの変化への対応遅れだった。ここで登板した管理畑の松田洋祐社長は組織改革に着手

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従来のパッケージ販売向き組織を、スマホシフトに改編したのが奏功。タイトルを次々投入できるようになり、ついに16年3月期に過去最高益を更新した

 

昨年発売の『ファイナルファンタジー15』は6年ぶりのシリーズ最新作だ(上)。今年発売予定の『ドラゴンクエスト11』。据え置き機と携帯機の両方で同時展開する(下) ©2016 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. MAIN CHARACTER DESIGN:TETSUYA NOMURA ©2017 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SQUARE ENIX All Rights Reserved.

誕生時は「夢の合併」といわれながら、一時は合併失敗の烙印を押されたスクウェア・エニックス(スクエニ)。だが、誕生から13年を経た現在は最高益を続ける勢いだ。

『ファイナルファンタジー』(FF)シリーズを手掛けるスクウェアと、『ドラゴンクエスト』(ドラクエ)シリーズを擁するエニックス。国内ゲーム会社の両雄が合併したのは、2003年の4月のことだった。押しも押されもせぬ国民的タイトルを有する2社が一つになれば、さらなる飛躍ができると期待された。

しかし、株価も業績も、それから一進一退の状況が続いた(図表1)。

[図表1]
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合併後の統合はすんなりといかなかった。両社は同じゲーム会社でありながら、開発スタイルは大きく違った。たとえば、スクウェアは自社で開発を行うディベロッパー機能を強みとする一方、エニックスは開発を外部に委託、パブリッシャー(発売元)機能に特化していた。それぞれのやり方を相互補完できればよかったが、現場は混乱した。当時『ドラクエ8』(04年11月発売)の開発を行っていた三宅有氏(現在は執行役員)は「合併に伴い、開発がガタガタになりかけた。これはまずいと思い、今までどおりに開発するためにチームを隔離した」と語る。

それでも、スクウェア出身の和田洋一社長(当時)とエニックス出身の本多圭司副社長(当時)による2代表取締役体制で、05年にアーケード機器開発やアミューズメント施設運営のタイトーを子会社化、09年4月にはゲーム開発の英アイドスを買収し業容を拡大していった。『FF13』と『ドラクエ9』を発売した10年3月期には売上高1922億円、営業利益282億円に到達した。

拡大路線から一転 赤字転落で社長交代